最終退室者

最終退室者

以前働いていた東京の会社で体験した話…。

この会社は8階建ての建物の6階部分を、ワンフロアー間借りしてオフィスにしていた。

それぞれの階は100人以上が収容できる中規模クラスの建物だ。

この建物のその他の階には、それぞれ別の会社が入っていたのだが、

収容人数に対してトイレの個室の数が極端に少ないため、

非常階段を昇り降りして他の階のトイレを利用させてもらう事がよくあった。

この建物は夜、各フロアーの最終退出者が施錠すると自動的にセキュリティーが設定され、

最終退出の後は2~3分後に空調および照明がすべて落とされてしまう。

エレベーターもその階を素通りし、非常階段の鉄扉も内側からのみ開くようになるので、

警備員を除いて、階段側から共用廊下へ侵入することができなくなるのだ。

当時私の部署は納期直前の時期に差し掛かっていたため残業がひどく、

早朝から深夜まで仕事に縛りつけられていたので、

唯一の憩いの場がトイレの個室になっていた。

夜10時ころになり、一呼吸入れるためトイレで休憩することにした。

同僚から見とがめられるのを避けるため、わざわざエレベーターに乗り、

8階のトイレの個室に入ってしばし携帯電話でニュースを読む。

この8階は、我々の会社と同じくIT関係の会社が1店舗入っていたと思う。

ほどなくして、その階の最終退出者が施錠し、

「ピッ、ピッ、ピッ」という一定リズムの電子音が遠くで鳴り始めた。

自動セキュリティー開始の合図である。

それを意識の外でぼんやり聞きながら構わず携帯を弄っていると、

2~3分後にすべての照明が落とされた。

ふいに目の前が完全な闇に包まれる。それまで静かに聞こえていた空調の音も消え、

見えるのは自分の携帯電話から発せられるバックライトの光だけだ。

このような状況にはこれまで何度か遭遇していたので、

のんびり慌てずにキリの良いところまで携帯電話を操作して、

いよいよ個室の扉を開けて外へ出ようとしたときだった。

不意に人の声が聞こえてきたのだ。

その声はぼんやりとしていて話す内容まではよく聞き取れなかった。

しかし聞き耳を立てていると、徐々にこちらへ近づいてくるようだ。

最終退出の後、警備員が確認に来たのだろうか?

既に消灯されてから5分以上が経過していたので、

このフロアとは何も関わりのない私がこの場にいるのは極めて具合が悪い。

とりあえず相手をやり過ごしてからこっそり出ようと、

ドキドキしながら聞き耳を立て続ける。

居室以外の共用部分はどの階も造りが同じになっていて、

見るからに安物の実用一辺倒なみすぼらしいカーペットが敷かれている。

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